![]() 一海プロフィール |
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| HNの由来 | 日本一周中に考えました。本名からもじりました。どこでも共通のHNです。 |
| 生月日 | 12月24日 誕生日プレゼントとクリスマスプレゼント合体させられるちょっと悲しい誕生日です(笑) |
| 出身・在住地 | こてこての大阪。隠れ阪神ファン。 (阪神が勢いづくとたちまちファンになる(苦笑)もちろん平成15年は完全な阪神ファンでした^^;) |
| 趣味 | ご賢察のようなこと。模型作り、イラストを描くこと、旅行、ゲーム、ドラマ鑑賞(大河は欠かさず見てます) |
| 好きな大河ドラマ | 何と言っても『太平記』!! 私の鎌倉好きはすべてここから始まりました。 |
| 目標 | 歴史小説作家。ジャンルは武将がいる時代なら日本・中国問いません。 |
| 武将名(別名)の由来 | 源参国(みなもとのみくに)(197?〜)和泉国大坂の生れ。幼名は不明。通称・一海。二〇〇五年(平成十七)師走、京・平野神社にて将軍宣下を受け、幕府を和泉国に開く。官位は左近衛大将から右近衛大将に転じ、かつ権大納言に任じれた。また将軍宣下の後は慣例に従いに任じられる。 その経歴だが二〇〇二年(平成十四)頃に源姓に改姓し、名を参国と改めた。参国の名は愛読書『三国演義』から取ったものとされている。この変名の理由として「殿上ちゃっと」と呼ばれる平安貴族が集う場所へ参内するためにされた説と、甲冑御深会と呼ばれる行事に参加する折に使用するためにされた説がある。同年からは盛んに御深会に参陣し、その二年後には「甲援隊」と呼ばれる精鋭軍を結成するに至る。現在鎌倉時代の衣装収集に情熱を燃やし、ついに大鎧一式、信玄公の諏訪法性の兜、衣冠などまで揃え、その極に達する。また二〇〇三年(平成十五)師走には念願の一つであった衣冠を着用し、右近衛大将および権大納言に任じられる。これはかつて武権をうち樹てられた右大将家・源頼朝公に倣うもので、その二年後、念願の将軍職に就くこととなった。ニ〇〇六年には甲斐国・石和への出陣を果たした。翌七年には故国・松屋町にて春の陣に出陣し、地元にも基盤を築きつつある。更に関東方面に有志を募り、関東府設立。また浜松を拠点に東海府設立を目論む。 劉安(リュウアン)(197?〜)・・・字は一海。帝号は慶順帝(けいじゅんてい)。一説によると倭国から渡来してきた伝承もあり、その祖先は戦国時代の武将・筒井順慶と伝えられている。また日本の武将・源参国と同一人物という説もあるが、その真偽は定かではない。劉安の「安」はその本籍が倭の安芸国であったことから取られたものではないかという説が有力である。2001年9月に時代衣装の入手方法や着付けなどその趣味の世界を存分に発揮した『一海の時代劇なりきり教室』を開設し、ついに2002年5月、皇帝衣装を入手するとともに帝位に昇り、国号を「大漢」と称した。その後は順調に武具や装束など充実させ、平成16年には英雄豪傑を集めた「群英の会」を催すこととなる。平成17年度は大陸へと渡り、更に王朝の基礎が固められることが想像される。※本気にされる方はまずはいらっしゃらないと思いますが、将軍宣下の話等はあくまで一海個人の洒落ですので、笑って許してやってください^^ |
| 官職(?) | 左近衛大将→権大納言・右近衛大将→従一位内大臣・征夷大将軍・源氏長者・淳和奨学両院別当・兼右近衛大将・右馬寮御監 |
| 合言葉(?) | 「隴(ろう)を得て蜀を望む」(人の欲望にはキリがないこと) 後漢王朝創始者の劉秀が天下制覇の際、部将に言った言葉です。「人の欲望とは際限がないものだ。隴西を制すると次は蜀が欲しくなった。諸将よ、天下安泰のために奮戦してくれ」といったところから生れた格言です。時代衣装を集める今の私にピッタリの言葉です(苦笑) |
| 必殺技(?!!) | 一海衝動波(いっかいしょうどうは) このサイト、特に「一海コレクション」の原動力になっている一海の病気・・・もとい必殺技。この必殺技の前には一海の理性などひとたまりもありません(オイオイ) |
| 平成20年7月8日 |
| 久しぶりの語録の更新です^^; 最近はmixiなどで書いているためおざなりになってすみませんm_m さて去る7月6日ですが甲援隊士の高峯香風殿のお招きで琵琶演奏会を観賞いたしました。出席者は私、白月殿、山城殿、正臣殿の四名です。ただこの日は思いっきりボケをかましてしまいました。大槻能楽堂と国立文楽劇場を逆に認知してしまいました^^;;うーん、申し訳ないです(反省) その後一休憩し、香風殿の出番が近くなって会場へ入り、観賞いたしました。 琵琶を正式に観賞するのは初めてでしたが、いずれも歴史を題材にしており、聞いていてとても楽しかったです。幾度も甲冑や装束を着用したい衝動にかられていました^^ この日は琵琶奏者の故山崎旭翠氏の追善コンサートで色んな方が演奏されていました。その中で香風殿の演奏は抜群で、題材である『一の谷』は熊谷直実と平敦盛の戦いと直実の悲痛な気持ちがよく伝わってきました。願わくば神戸の須磨寺で大鎧を着用しながら観賞したいものです^^ と香風殿の演奏を観賞し、その後は楽しく食事させていただきました^^ ちなみにこの日は世にも珍しい一海の背広姿が見れた日でした^^よくよく考えてみますと背広より衣冠を着ている機会の方が多く、かつ衣冠の方が落ち着くな、と考えてしまいました^^;; ![]() ![]() 【画像提供】山城守逍遥殿 |
| 平成20年1月1日 |
![]() 新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。 平成19年はバタバタとしていましたが、今年はじっくりと構えて活動していきたいと思います(毎年こう言っているような^^;;) さて今年ですが、どのような一年になるのか・・・。まずは2月ごろにビックなお知らせが出来るかと思います^^ 今年も張り切って頑張ろう!! |